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10月20日の🌺嗚呼花の学生寮!寮祭Part1 の続きです。

時: 1972年 昭和47年 春
所: 大都会東京の片隅にある、男子学生寮




ほとんどの新寮生が、撃沈され、

それぞれの部屋のベットに運ばれた後

残った酒やつまみを娯楽室に運んで、
2次会が始まったのですが、

新寮生で残ったのは私一人。

もともと酒が強かったんでしょうかね〜😅

ちなみに祖父は、能登杜氏でした。


2次会では、先輩も歌を歌い出して、

まず最初は、寮歌といってもいいような、
まさに、ここの寮生活を言い当てているこの歌。

歌いま〜す。(可愛いスーちゃんの替え歌)



🎵親父のためとは言いながら、
    人の嫌がる学生寮に、
    つれてこられた悲しさよ
    可愛いあの子と泣き別れ〜

🎵朝は早よから起こされて、
     ラジオ体操腕立てと、
     いやな先輩にゃ、怒鳴られて、
     泣く泣く暮らす日の長さ〜




先輩の話によれば、

昔からこの寮は、悪名高き寮で、
親も、あまり息子を入れたがらないのだけれど、

東京で下宿生活するには、
高いお金がかかるというので、

仕方なくというのが、

まあ、普通なんだそうです。



私が、わざわざ地元の議員に頼んで
この寮に入れてもらったいきさつを話したら、

「ばっかだな~、おまえ! 
そんなことまでして、ここに入ってくる奴はいないよ。」

と、大笑いされてしまいました。



一次会とは 打って変わって、無礼講、

酔いも回って和やかな雰囲気の中、


突然、

「歌います!」

と大声を張り上げて、

この寮でただひとり、

東大理Ⅰに通う2年のH先輩が立ち上がり

女のように身体をくねらせながら、
色っぽい声を出して歌いだしました。


「🎵イヤン、バカ~ン、そこは耳の穴、
     イヤン、バカ~ン、もっと下なのよ~。

     イヤン、バカ~ン!そこは鼻の穴。
      イヤン、バカ~ン、もっと下なのよ~・・・」




その途端に、爆けるヨッパライ寮生たち!

2次会は大爆笑の渦に包まれました。


3番4番と進むにつれ、歌詞も過激になり
歌の終わりになると、


やんやの大喝采で、大いに盛り上がりだしました。


H先輩の歌が終わると、すぐ別の先輩が立ち上がって、


 🎵昨日、父ちゃんと寝たときに~、
     変なところに芋がある~、
     とうちゃんこの芋なんの芋~、
     坊やよく聞け~この芋は~、
     坊やを作った種芋さ~」

  、、、、、、、、、、


と歌いだしました。



その歌が終わるとまた、別の先輩が、
今度は、でかんしょ節の替え歌。


🎵汽車の窓からチ○チ○出して、ヨイヨイ!
    車掌よく見ろ、汽車賃だ!
    ヨーイヨーイ、デッカンショー デッカンショ!

🎵車掌それ見て言うことにゃ、 ヨイヨイ!
    あんまりでっかいので釣りがない!
    ヨーイヨーイ、デッカンショー デッカンショ!

、、、、、

という感じで、それからは、春歌のオンパレードで、
出るわ、出るわ!

もう、延々と続くわけです。



皆さん、「春歌」というのを知っていましたか?

私と同年代でもこの歳になっても、

春歌とは無縁の人生を送られてきた方々が多くいる事に、

近年になってようやく気付いたのですが、

私も、この時初めて、春歌と言うものを知り、

次から次へと、たくさんの春歌の洗礼?を受けたのです。、



ただ、私の記憶も2次会の途中で途絶えており、
気がついたときは、

新聞紙をひきつめたベッドの上で、
朝を迎えていました。



「新寮生!起床ー!」
と、大声でどなる声が聞こえ、

時計を見ると,午前6時。


2年生のI先輩が部屋の入ってきて、

「おッ!起きてんのか? 
今から掃除だ、他の新寮生も皆起こせ!」

との指示。


すぐ部屋を飛び出して、
「新寮生、起床!」と呼ばわりながら、

順番に各部屋を回っていくと、

眠っている間に、噴水のように吐いたらしく、
顔から髪の毛、枕まで反吐だらけにして眠っている者、

ベッドまで、這い上がれずに、床で寝ている者、

みんな、惨憺たる有様。




I先輩の指揮の下、

新寮生全員で、食堂から、洗面所、
トイレにいたるまで、汚れた場所の

掃除が始まったのですが、

昨夜の惨劇の名残は相当なもので、

廊下には反吐が乾いてこびりついており、

洗面所は吐しゃ物がつまって、

流れずに溜まったままになっているし、

トイレの中も反吐だらけ。



新寮生は、全員が完全に二日酔いで、
酒瓶を見ただけでも吐きそうなのに、

反吐の掃除などしたらたまりません!


掃除しながら、そのにおいをかいで

気持ちが悪くなって、また吐き、

それをまた掃除するという、悪循環。



そんな状態なので、掃除は遅々として進まず、


まる一日がかりでやっとすべての掃除を終える始末でした。




二日酔いでフラフラしながら、掃除を終えた私達は、

「寮祭」とは、

「上級生が新寮生を肴に、お酒を飲んで楽しむお祭り」

なんだということに、

ようやく気がついたのでした。


こうして、新寮生は、

「寮祭」というこの寮独特の洗礼を受け、

この寮の一年生としての一歩を踏み出したのです。



それにしても、あんなことをやっていて、
よく死人が出なかったもんですねー。

良い子の皆さんは、絶対に真似などしないように!


春歌も、あの頃の自分達のような青二才が、

酔いに任せ、照れ隠しに、

知ったようなフリして、大音声で歌うから、良いのかもね〜!



愛すべき御同輩、親父の皆様は、

くれぐれも、酔ったフリして、

ご婦人方のいる席で、

春歌など、お歌いにならないように、、、😅



「寮祭」   完


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この記事は 小説ではありません。

全て、今となれば懐かしき、私の青春時代に体験した
寮生活の1ページです。

初めての方は、宜しければ、お時間あるときにでも、
この章をお読みになる前、或いは後にでも、
この🌺のマークの付いた、過去の記事もお読みいただけたら、

1970年代、昭和40年代の、その当時と言えど、時代錯誤も甚だしき、
ある男子学生寮の華々しき日々を より豊かに思い描き、
楽しんで頂けるかと思います。




嗚呼!花の学生寮!寮祭 Part1


時は1972年、昭和47年、春、
大都会東京の片隅にある、とある男子学生寮の食堂ーーーー


自己紹介に始まり、細々とした寮の規則を、
繰り返し、繰り返し叩き込まれ、喉も枯れ、

軍歌のぐの字も歌ったことのなかった新寮生でさえも、
毎夜の鬼のような歌唱指導の成果が見え始めた頃、、、、




入寮約1ヶ月後。

この寮で「寮祭」と呼ばれている
「新寮生歓迎コンパ」なるものが開かれ ました。


「歓迎コンパ!」

なんという 楽しげな、
これから始まる宴に、
期待を持たせるような響きでしょう!


それなりに、もてなしてもらえるのかな〜?

連日連夜の、あの指導は今夜の飲み会のためにあったんだ。

と思っていた新寮生にとっては、



それは、とんでもない誤算でした。σ(^_^;)


「寮祭」当日、食堂にある6つの大きなテーブルの上には、

ビール瓶と一升瓶がずらりと並び、
たくさんのおつまみと料理が用意されていました。

そして、各席には、割り箸とコカコーラの紙コップ〔大〕が、
置かれていました。

(昭和47年当時のコカコーラの大コップは、かなり大きい
ものだったと思います。)




全員が割り当てられたテーブルに着席すると、

「今から恒例の新入生歓迎コンパを開きます!」

という幹事の挨拶で、「寮祭」は始まりました。


「ウォーッ!」という歓声と、

大きな拍手が上級生の間から沸き起こり、

(飲む前から、この盛り上がりようは、
いったい何なんだ??)

新寮生たちも、つられて手をたたいていました。



これから、何が起こるとも知らず、、、





「それでは、乾杯!」

「かんぱーい!」

皆がいっせいに、紙コップをささげて、ビールを飲み、、、



と、その途端、各テーブルの上級生たちが
いっせいに立ち上りました。

そして、新寮生たちに、ビールをついで回り始めたのです。




例の「娯楽室」で叩き込まれた注意事項の中に、


『寮祭で先輩から酒を勧められたら、
必ず自分のコップの酒を飲み干してから受けること。』

というのがありました。


教わったとおり、あわてて残りのビールを飲み干して、
コップを両手で持って差し出すと、


普段恐ろしい先輩が、

「がんばれよー。」と、

笑いながらビールを注いでくれるのですが、、、

その直ぐ後ろには、次の先輩が、
これまた、ビールビン片手に、

妙にニコニコしながら、
待っているのです。


「いただきますッ!」

と言っては、ビールを一気に飲み干していると、

あっという間に、たくさんあったビール瓶は
みんな空に、、、



「それじゃあ、新寮生! 自己紹介と歌いってみようか〜!」

幹事の声に、101号室の新寮生から順に、

大声で自己紹介をした後、軍歌を一曲づつ歌い出したのですが、、、


その間、先輩達は、今度は一升瓶を持って

新寮生の間を回り続けているので、


目の前の紙コップにあふれるほどの酒を

次々に飲み干さなければならないのです。


新寮生は、顔を真っ赤にして、身体を反り返らせ、

次々に軍歌を歌い続け、

中には、歌詞を忘れたのか、ほとんどやけくそと

いうくらいの勢いで、

出だしばかりを、メドレーで、がなりたおす者まで出てきて、

案外それがうけたりして、、、



私の番が回ってきたときには、
「加藤隼戦闘隊」の歌を、大声で歌った記憶があります。



しかし、次から次にコップ酒をあおるにも限界があるわけで、

こうなったらどうにでもなれと、

くらくらする頭で考えながら、

必死で飲み続けるうち、、、


突然、胃の中の酒が逆流しそうになり、

「失礼しますッ!」と叫んで、

トイレに向かって猛ダッシュ。



トイレのドアを開けると、

すでに新寮生数人が、蛇口が10くらい並んだ、
長ーい洗面台に首を突っ込んで、

みんなで、ゲーゲー吐いていて、

その隣に滑り込んだ途端、
胃の中のものが一気にドバーッっと!



洗面台の中は、すでに皆が吐いたゲロが詰まって、
半分ほど溜まってしまっており、

その悪臭をかいだ途端、また力いっぱい吐くという悪循環。



30数名いる上級生すべてが一巡するだけでも、
コップ30杯以上の酒を一気飲みしなければいけないわけで、

まあ、そんなことは出来るはずもなく、
とにかく酒を胃の中に流し込んだら、

即、トイレに走って吐くという作業の繰り返しで、、、




そのうち、トイレまでたどりつけずに、
廊下でうずくまって吐く者、


勢いよくドアを開けて走り出てきたかと思うと、

廊下に吐いてあった、その反吐に滑って、
ズデンとひっくり返り、

そのとたんにまた吐いて、そこいら中、
反吐だらけにしてうめいている者、



いやはや、汚いのなんのって!───O(≧∇≦)O────



沈没した新寮生は、2年生によって、
かつぎ出され、自分の部屋に放り込まれるのですが、


寮祭が始まる前に、新寮生は全員、
部屋の床と自分のベッドの上に

新聞紙を引きつめておくように指示されていたのは、

こういうことだったんですね〜😅


「歓迎コンパ」という響きに、
一瞬でも淡い期待を抱いたのは、

大きな大きな間違いであったと、
新寮生の誰もが悟った夜でした。(−_−;)


続く、、、


今日の歌は、この寮の先輩に教わった歌です。


「センチメンタル山男」



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Part5からの続きですーーーーーー



一夜明ければ、

女房殿は、

6畳一間で 眠りこけている私と客人たちを
(時に先輩、時に同輩、時に後輩)

アパートから 追い立て、



オンボロアパートの 住人の皆さんの各部屋のドア、
ひとつづつ 叩いて、
前夜の 詫びを しに回っていたそうです。


我がオンボロアパート住人の皆さんは、

お優しかったのか?
それとも、怖がられていたのか?

女房殿の 毎回の詫び入れを、
嫌な顔もせず、聞き入れてくれたということですが??


一階、二階 合わせて 8部屋。

皆さん、一体、どんなお仕事をされていたのか?
全く、不明でした。

お名前ぐらいは お互い、知っていたと思いますが。

どこで どうされているのでしょうね〜?




余話を 書き始めると 話が尽きず、
先にいけそうもないので、
今回は これくらいにして
また、いつか、聞いて下さいね。



さて、お金は貯まりました。


そのお金で、一年オープンのチケットも 買いました。

(あの当時、正規運賃52万円! 

  学生寮で同室だった先輩が 旅行会社に勤めていたので、

   頼みこんで、安いチケット探してもらったのですが、

   それでも、航空券だけで、ひとり36万円なり!)


生まれて初めてパスポートというものも、手にしました。


会社も辞めました。


「この会社におったら、将来もずっと安定しよるのに、
なにが悲しゅうて、わざわざ外国にまで、貧乏しに行くんじゃ!」

と、広島出身の同期に言われました。

それでも会社の同僚たちが、壮行会なるものを開いてくれて、



間近に 敢行される私達の無謀とも言える行動に
刺激されたのか、
それぞれの夢も語ってくれました。

そして ,


「シッポ巻いて 帰ってきたときゃ、俺の会社で使てやる!
俺、会社ぶっ立てて、金持ちの社長になってるから!」

などと、心強い、送別の言葉もいただきました。




あの頃の、あの同僚たち!

一体、どこで、何をしているのやら?。




携帯電話も、PCも無い、
ネットも 、Facebook も、TwitterやLineも、

そんなものは、
な~~んも、ない時代でした。


年賀状、暑中見舞いのハガキが届かなくなった途端に

《音信不通》


何しろ、バリバリのmanual 世代ですもんねー 😅



こんな世代の私ですから、
未だに Facebook やらTwitterやら
どうも 馴染めませんねえ!


はい、かなり 時代遅れ かと。

でも、ブログは大好き!


女房殿と 二人して ハマっています。


案外、このブログを読んでくれている
元同僚がいるかも、、、

Googleで、名前を検索してみたら、
大会社の社長さんになっている人が
いたりして!


いやあ~、楽しいですねえ!

もし何処かで、出会っても
ビジュアルが 全く変わっていて
わからないと思いますが。


私達は、全く経験しなかった、
1980年代、ハチャメチャの
日本バブル経済期や、

それがはじけた後の時代を、
どんな風に過ごしたのでしょうか。


なんとか乗り切って、

還暦後の毎日を、平穏無事に
過ごされている事を祈ります。



さて、荷物もまとめました。

大家さんとの引っ越しの話も、終わりました。


そして、


いよいよ、

出発前に 越えなきゃならない
大きな山を越える時がきました。


続くーーー


今日の歌は、またまたアカペラです。

「流浪の旅」


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「池上本門寺」
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Part4 からの続きですーーー



今日は チョット、池上 余話。



話は逸れますが、、、

池上と言えば、何といっても、

《日蓮宗 大本山 池上 本門寺》

池上線 池上駅が 私達の最寄駅でした。

あの頃、確か、一つしかない 小さな駅の改札口を出て

左に行くと、
庶民的な 池上通り 池上商店街。

まっすぐ 行くと、
高級マンションやら、ブティック、

創業xx年、池上名物と言われる[くず餅]なんぞを
売っている 体裁の良い老舗があって、

その先に
大本山、池上本門寺へと続く参道。


右に行くと、
池上通りを大森方向へと向かいます。

通りには 一日中、流行歌が流れるパチンコ屋さん。
ポツリポツリと 個人商店が 続いて、
風呂屋の煙突やら、住宅街が見えて来るころ、

裏通りに行き止まりにある、
我らが、オンボロアパートの 新居?に到着。


新婚当初はね、そのアパートの外付けの
鉄の階段を トントン!と
わたしが駆け上がっていくと、

若かりし新妻だった女房殿が、
嬉しそうに 窓から 顔出してね、、、、、😅


失礼しました。
話、戻します。

《🌺嗚呼、花の学生寮!》

読んで下さった方は 御承知かと思いますが、


なんと、
我らの 新居は、 その学生寮から、遠からずの場所。


卒業して、都内に就職した、
むさ苦しくも、心優しき?

学生寮の仲間達やら、
あるいは、大学の友人達やら、

遠慮がちにではあったと思いますが、

この 貧乏所帯に、
肉や野菜、ビールや酒などを、
携えてやって来るわけです。
(この頃、4畳半から 南向きの 6畳に移っていました)

と、こうなると、当然、
ドンタカ 始まる訳で、、、、
酔っ払います。

歌なんかも 歌いたくなって来る訳です。

今みたいに カラオケ xx な〜〜んてものは ありません。

狭い、アパートの他の住人の皆様に申し訳ない訳です。


そこで〜〜

ともすれば 大声上げたがる客人を 抑えながら、

真夜中に、千鳥足の 酔っ払い数人は、

かの、力道山も眠るという
池上本門寺の境内へと移動。



なんと、


日蓮宗 総本山 池上本門寺の祖師堂?の欄干

をステージ代わりに、高歌放吟!!

大声を張り上げて、歌いまくるのです。




すると、、、

いつの間にか、

暗闇の石畳の上に、 誰か居るではありませんか!




目を凝らすと、、、



あちゃー!

そこには、なんと、制服姿のお巡りさんが、、、、、



「おい!君ら 何時だと思ってるんだ!
 近所迷惑だろうが!
もう、家に帰って寝なさい!」




と、なるでしょ!

普通は!




ところが 、

さにあらず!!


「いやあ〜〜!
いい声してますなあ!

聞き惚れてしまいましたよ〜!」


な〜〜んて、お優しい言葉を下さる。


「ここは、広くていいですよねえ〜。

でもまあ、深夜なので、あまり、長くならないように!

それでは、本官は、これで失礼します!」 (敬礼)



池上派出所のお巡りさん、巡廻の途中だったようで、、、


こちらも、

「見廻り、御苦労さんです!」(敬礼)



まるで、亀有公園前派出所の両津巡査みたいですね〜

古き良き時代だったのかも、、、、


池上本門寺、
春には 夜桜が、
冬には、冴え渡る月が 素晴らしかったです。


この記事、書いていて、あの本門寺が
たまらなく 懐かしくなり、

Googleで検索してみたら
なんと、驚いたことに、

《本門寺ライブ》
なるものが毎年、催されているという事。

やっぱ 、そうでしょう!!
そうこなくっちゃ!

あそこは、歌を歌うには最高ですもん!


古今東西、歌好きは歌を歌う!

【🎵Singers sing!!】


きっと その昔、あのお寺の境内で、

有名、無名の歌好きが、
私達と同じように、

夜空に向かって、
朗々と 歌い上げていたのでしょうね。


続くーーーーー



そんな訳で、

今日は学生時代に、
先輩から 教えられ、飲み会でよく歌った、
古い歌のアカペラをのせることにします。


「男の酒」



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今日の歌は、「正調田原坂」です。

学生の頃、熊本出身の友人が、
「田原坂は、本当はこういう節回しなんだ。」

と言って、歌ってくれたのが、この「正調田原坂」でした。

それが、なぜか心にしみて、以来この節回しで歌っています。

「正調田原坂」




64歳の誕生日を目前に控え、ベンチプレスマシーンでの、
記録更新をめざして、筋トレに精を出しているのですが、、、

先週、やっと100kgを1回挙げて、それ以後、
苦戦しています。💦

歳をとってからでも、鍛えればきっと、
あの、「ドラゴンボール」の

「亀仙人」!

のようになれると思って、筋トレに励み、
毎年、ベンチプレスマシーンでの記録を
少しづつ伸ばしてきたのですが、

今回の記録更新は、ちょっとむずかしいかも、、、 (。´・(ェ)・)



「亀仙人」のように、筋骨隆々、元気溌剌、心も体も30代!

みたいな、年寄りになりたいと思っているのですが、、、


ヒゲのほうは、だんだん白いものが増え、
頭のほうもツルリとなって、

首から上の見てくれだけは、

「亀仙人」に近くなってきているんですけどね〜、、、、


まだまだ、「亀オヤジ」ってとこですかね。😅


「震災前の熊本城です」
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